ピースボート報告


ピースボート報告

 私は、7/20から9/20までピースボートに乗船して、ダナン-シンガポール-コチン-スエズ-キプロス-トルコ-ギリシャ-マルタ-イタリア-フランス-スペイン-モロッコ-ポルトガル-ドミニカ共和国-ジャマイカ-パナマ-エル・サルバドルと巡って来ました。途中、原発問題の背後にある西欧中心の科学技術文明の問題などについて講義をしながら、また船上で色々な友人が出来ましたし、色々なところで「世直し活動」に頑張っている方々にもお会いしました。ピースボートから日本と世界について色々と考えさせられた訳です。そこで世界の方々にお会いして勉強になりましたが、日本が孤立し取り残されかけているのではないかと、そしてそれを食い止めるにはどうしたらよいかと、問題の深刻さが浮き彫りになり、ただ単に会話したり理屈をこねるのではなく、例えば「原発ええじゃないか」を歌うことで若い皆さんとも心が通う- そんな想いを伝えられたら、と思いながら帰国した次第です。
 ピースボートは私にとって「出会い」の船でした。船上でも停泊地でも、色々な素晴らしい出会いが出来ました。そこでまず特に今回出会った素晴らしいアメリカの方々について書きたいと思います。今回のクルーズには、特にピースボートの「折鶴」プロジェクトの参加者、それとエル・サルヴァドルを訪問する方達などの、素晴らしいアメリカ人と出会うことが出来ました。アメリカ人をジュッパヒトカラゲにすることが全く見当違いであること、「良いアメリカ人」と「悪いアメリカ人」がいることを、ピースボートで実際痛感させられたのです。これまで私は色々なアメリカ人と付き合って来ました。当然ですが、「良い面」も「悪い面」もあるのはどんな国のヒトにもあることです。しかし、ピースボ-トで出会ったアメリカ人は、ただの「良い人」ではなく、本当にアメリカ人として、実に立派なアメリカ人でした。日本では独立戦争としか理解していないアメリカ革命の伝統、アメリカ憲法の信念、ジェファソンやリンカーンやマーティン・ルーサー・キングの代表する本当の意味の「リベラルな」米国人ばかりに出会ったのです。彼等彼女達は、皆国家の威信よりも個人の人権と自由とを大切にする人達でした。
 若い頃、ヴェトナム反戦の歌を歌っていたPPMのピーターさんは、エル・サルヴァドールの独裁政権を支援・指導していた1980年代のアメリカ政府に反対するために危険を冒してエル・サルヴァドールを訪れたことで、船上でも、中米の方々から感謝されていました。またいじめ問題について、今の日本の状況を危惧していることを知りました。
 またエノラ・ゲイ爆撃機で原子爆弾を広島に投下したことを一生悔いた乗組員の孫のアリーさん、広島と長崎への核爆弾の投下を命じたトルーマン大統領の孫であるクリストファーさん達、等しく日本の被爆者に申し訳なかった、という心情溢れる気持ちは、素晴らしい人間性の表れでもありますが、またアメリカの民主主義を確立する闘いの中で初めて生まれるアメリカ民主主義を体現していることを痛感しました。その様な紳士な気持ちを持った米国人の姿勢をどうしたら我々日本人が持てるようになるのか、考えさせられています。アリーさんは、彼はユダヤ人であることを誇りとしていて、ピースボートでのイスラエルとパレスチナとの和解について、リビヤの青年との公開対話でも、イスラエル政府の問題を認めつつも、イスラエルに掛けられたユダヤ民族の悲願については、これを認めるような「和解」を進めることを堂々と主張していました。大変な殺戮を経験したあとで、ようやく平和への道を歩み始めているツチ民族とフツ民族との和解への努力に自分の経験を生かしたいと、これからルワンダで、ボランティアとして活動する計画だということでした。
 そのことと、折鶴プロジェクトに参加して、日本の被爆者にアメリカ人としての暴挙を詫びようという気持ちとは、やはり人間の尊厳と自由を求めて闘ってきた「良いアメリカ人」の歴史の中でしか理解できない本当のアメリカ魂のように私には感じられました。彼等彼女達は、アメリカが「悪いこと」をしたことに進んで取り組もうとしているのです。このアメリカ革命と憲法との伝統は、白人・アングロサクソン・プロテスタント市民を中心とするアメリカ「帝国」の「悪い伝統」との闘いの中で育ったものだということを痛感させられました。
 特に占領中に日本国憲法をつくる際に起こったとされている「押し付け」に関連することに論点を集中させたいと思います。たしかに日本占領の初期から朝鮮戦争が起きるまで、占領軍の中の「良いアメリカ人」達が占領下において、15年戦争やそれ以前の韓国「併合」について反省をしている我々日本人の「帝国主義」廃絶に協力してくれました。植民地主義侵略によって、周辺の国々の諸国民が平和に生存する権利を土足で踏み込んで破壊したことを再び繰り返さないことを誓っている「よい日本人」は今も頑張っています。この我々日本の帝国主義者でない市民に日本国憲法の作成において結果協力したと言うことに、我々は感謝してよいと思います。これを「押し付け」と断定するのは、全く見当違いです。「良いアメリカ人たち」の日本国憲法作成についての提言は、決してアメリカ「帝国」の利権を守るための「押し付け」ではありませんでした。アメリカ「帝国」からの利権を基にした「押し付け」は、むしろ朝鮮戦争という「冷戦」の熱戦化と共に起こったものです。「アメリカ帝国」に協力する邪魔になる平和憲法を変えろという圧力でした。つまりアメリカの朝鮮戦争への協力をしろという圧力でした。これが今も形を変えて続いています。
 今回のピースボートの折鶴プロジェクトの日程には、核兵器の全面撤廃を目指して、9月中旬にメキシコで開かれる国際会議への参加が含まれていました。この国際会議には、米国も日本も不参加で、ラテン・アメリカを始め、アジア・アフリカの非同盟勢力が中心になって開く会議です。日本が今頼りにしているアメリカの「核の傘」戦略には真っ向から反対するこの会議に、前述のエノラ・ゲイ号乗組員とトルーマン大統領の孫などのアメリカ市民もNGOとして参加したのです。このことと、平和憲法の作成に協力したこととは、等しくアメリカ革命とアメリカ憲法の精神の発露です。この解釈は、今の日本では解ってもらえないものなのでしょうか? 帝国主義は、日本帝国主義もアメリカ帝国主義も、日本人とアメリカ人とが手を繋いで、反対すべきです。それを実践している「折鶴」プロジェクトについて私が感じた感激を、憲法改悪の問題につなぐのは見当違いなのでしょうか?


 原発問題と自然エネルギーの利用について、日本のメディアが報道管制を敷いているとしか思えないことについて書こうと思います。小泉さんも、私が報告しようとしていたヨーロッパの現状を見て来たので、原発ムラが日本の報道管制で作ることに成功して原発のありがたさに関する幻想から覚めた発言をしていることで、私の報告は重要な生き証人を得た格好になりました。
 3.11福島第一原発爆発事件以来、日本で原発を再稼働させるかしないか、ということで、再稼働させようとする政府・財界と、これに反対する市民の反原発運動が対立しています。実はフェイスブックで、この議論をしたいと私は思っていました。しかし、西欧での自然エネルギーへの転換の実情について知ったあと、そのような対話の前提になる情報が全くないか、あるいは間違っているのに、まともな意見交換をすることができないので、そのようなスジの通らないサイバー対話をすることをやめる決心をしました。
 もちろん、原発とエネルギー問題についてのサイバー対話は続けますが、まず報道管制から自由になるためにはどうするか、という大問題について話し合う必要を痛感しているのです。日本列島に住むわれわれがどんな問題と取り組むべきかについて、ピースボートで問題の輪郭がわかったような気がします。詳しい報告はここではしませんが、次のことだけは、問題提起として書き記します。
 問題の輪郭は、ベルリン自由大学のミランダ・シュラーズさんの統計データをもとにした話で、ドイツが原発に依存しない経済を今着々と進めていること、その背後には、自然エネルギーに依拠する方が、原発依存経済よりも工業生産を含めたドイツ経済のエネルギー需要を満たすのに有利であるという現実を前提にしていると言うことを知りました。ミランダさんは太陽熱と風力のみで、ドイツの消費生活のみならず、工業生産を支えられることを説明しました。政府による自然エネルギーへの転換のための施策(とこれを支える市民や産業の協力と)があれば、原発よりも自然エネルギーの方が効率がよいことがはっきりしているし、ドイツより日本の方が有利な地理的な条件があるので、日本は原発依存をやめることが合理的だという話は、大変説得的でした。ピースボートの地球大学プロジェクトに参加している学生さん達は、ミランダさんの案内で空路ギリシャのクシャーダスから一週間たらずでしたがドイツを訪問し、空路でフランスのマルセイユに寄港中の船に帰って来ました。その報告会で出て来た体験談も、この大転換を支えた市民活動の模様、原発工場の転用で活気付いている元原発地帯の模様や、新しく生まれる40万人の雇用の具体状況などについて触れていて大変参考になりました。
 我々はドイツには行けなかったのですが、南フランスの自然エネルギー活用について実際に活用する研修施設「ルバタス」を訪れていろいろ勉強しました。日本と同様、原発ムラ勢力のもとにありながらも、自然エネルギーの開発にはこれまでも、研究開発に投資して来たことを知りました。この「ルバタス」という1980年代に、南フランスの自然に溶け込んで来た伝統知を生かして出来た、南フランスの市民運動だという点も大変参考になりました。標準フランス語でなく、オクシタンつまり南フランス語で、自分達を「ルバタス」つまり「オオカミの仲間」と呼んでいるローカル色豊かな自然エネルギー活用の研修施設ですが、南フランスの天然樹林の中で手作りで立てられた質素な研修施設でした。そこで自分も住んでいる太陽エネルギーとバイオマスを組み合わせた原発発電の世話にならない生活をしているヤニック・フランドさんにフランスの現状について聞くことが出来ました。彼の話は、ミランダさんの話を裏付けていました。フランスでは原発ムラの力が強くて今のところ原発依存を続けているけれども、いずれ隣国ドイツの自然エネルギーにフランスが経済競争で負けてしまう。そのことは、今や政府にも財界にも明白で、もはや原発廃止は時間の問題である。自分達の研修所はそういう近い未来を準備するために行政も支援している、との話でした。
 もちろん、原子力ムラは国際的に巨大な勢力であり、国連でも放射能被曝に関する世界保健機構の発言力を抑え込み、金の力も使って、審査員を動かして学界誌での原発継続に不利な放射能関係の論文の発表を抑止したりしている。そんな訳で世界の経済・金融界でも原発開発支持の企業の支配が続いています。それでも、自然エネルギー開発がドイツ・イタリアなどで盛んになり、欧州全体を巻き込もうとしていることは、誰の目にも明らかだということでした、そう説明してくれたヤニックさんから日本ではそれがわかっていないのか、という驚きに満ちた疑問を投げかけられました。そう言った世界の常識が、日本の中で全く非常識にされています。小泉発言は、欧州訪問で彼も日本国内の原発ムラによる情報管制のひどさが分かった結果だと思います。私は、1980年代に国連大学副学長として訪れた、当時の社会主義諸国での報道管制で「自由圏」の情報が入らないし議論も出来ない状況をよく覚えています。当時の社会主義諸国と同じかそれよりもヒドイくらい、現在の日本での原発稼働問題と放射能被曝問題についての報道管制・議論統制が行き届いているのです。これに加えて、さらに特定機密保護法案に代表される市民の知る権利への制限を「合法化」する企てが進んでいます。
 このように日本がかつての社会主義圏諸国よりも非民主的になっていて、政府だけが情報を独占する傾向がヒドクなる状況の中で、みんなで議論すべきことは、世界的には答えが出ている原発廃止の是非よりも、原発ムラの強大な圧力のもとで、どのようにして放射能被曝問題そして原発再稼働問題について、市民が事実を知りえるような道を開いていくか、ということです。正確な情報をもとにして自由に話し合えない状況下で、「持続可能な発展についての教育」は全くの「絵空事」になってしまいます。自由に話し合えるピースボートから帰って来ての切実な感想です。


 ピースボートで私は、水先案内人ではなく、首に下げる名札に「水先不案内」と明記しました。不案内だけれども、一つだけピースボートに乗船している方々、特に若者にわれわれの「宇宙船:地球号」の方向について、話したかったことがありました。それは英語で、「ウェスト(西)」と「レスト(西ではない地球の残りの部分)」という「西欧中心主義」のこと、「西欧」と言っても今日では「米国」中心主義になって、「ウェスト・アンド・レスト」とは「米国とその他の世界」のことで、米国に染まっている世界中の「近代」的なものしか「ブランド」品として、目に留まらないような、そんな考え方が通用しています。自虐的な植民地差別をやめてもらいたい、とのそう言った「悲願(!?)」でした。母方の祖母がフランス人であることで「西洋人」「毛唐」と呼ばれたことも、その「西欧中心主義」への反対の深層心理だったかもしれません。
 でも、ピースボートの旅は、私が子供時代に愛読したジュール・ヴェルヌの「80日世界旅行」の様に、西洋の目で西洋以外の世界を旅するその異国趣味に付け加えて、世界諸地域の間の敏速な交易を可能にして産業を振興し、ひいては世界平和を実現するという西欧の使命への無条件の信念がありました(サンシモン派社会主義)。そんな「白人の負い目」の目ではなく、西欧以外のいろんな文化・文明の多様性を知った上で、人類文明を持続可能なものに立て直すローカルな活動を繋ぐ世界力にすることが、ピースボートの役割だと思って来ました。「持続可能な発展のための教育」も、アメリカ一辺倒のTPPに飛び込んで、原爆と原発を支えにした平和と経済繁栄を築こうなどという持続不可能な発展を目指して、かえって平和を乱し、人間の精神的な豊さを犠牲にして、貧富格差を広げている今の世界がどうこのグローバルな圧力をはねかえそうとしているかを見て回ること、西欧以外の知恵を絞ればどんな「世直し」が出来るか、を見付けるために地球を一周する、そう言う船旅をしてもらいたいと思ったのです。それで西欧中心の目で、スエズ運河や米国の大陸横断鉄道ができたおかげで「タッタ80日」で世界一周について紹介する話をしました。
 しかしそうした上で、このように西欧科学技術の進歩と世界の植民地化が進んだおかげで、こんな便利な世界一周が出来るようになったことを自慢する船旅よりも、我々は西欧の植民地化以前の太平洋とインド洋の参考にすべきだということで、「シンドバッドの冒険旅行」に話題を移したいと思います。破天荒に不思議なアラビア湾と中国を繋ぐ海で何度も難破して、その都度神様か仏様のご加護で命を救われたばかりでなく、ダイヤモンドの川をのぼったり、逃げ込んだ山の宝物を掘り出したり、おぼれかかった王様の愛馬を助けたお礼に黄金や花嫁までもらったりして金持ちになった「アラビアンナイト」の話をしました。この話は、実はイスラーム世界に翻訳・翻案された安全航行と現世利益を同時に祈る中国の道教に基づく太平洋からインド洋にまで広がった「船乗り」達の神話と夢がふくらむ、そういう世界旅行だったことを土台にして、平等互恵の原則に基づいて、贈り物をしあって仲よく金持ちになる方が、今日のように他人を蹴落として金融市場を独占するよりはるかに人間的に面白いことを主張しました。
 このような西欧以外の世界の知恵と夢を迷信扱いにして、科学的な経済開発を進めた西欧文明も、結局は持続不可能な核兵器と原発が支えるグローバル政治経済の支配する地球を作ってしまった。現在はその西欧物質文明が、3.11やリーマン・ショックで破綻の危機に直面している。そんな西欧の科学技術を使った蒸気機関から原子力を使う船などで、西欧植民地主義が占領地を繋ぐスエズ運河やパナマ運河を造って、交通と貿易を起こし産業を盛んにすれば、それで人類の平和が実現すると信じてきた西欧技術文明に代わる、もっと人間らしい夢を見るような新しい持続可能な世界を作ることを提案しました。インド洋を渡る時には、ポルトガルに始まって、イギリスに至る西欧植民地主義の引き起こした地域の人々の不安全な状態と資源の収奪による環境の破壊について話しました、また大西洋を渡る時には、「黒い大西洋」、つまりアフリカから南北アメリカに奴隷として運ばれたアフリカ系の移住者たちが、素晴らしい音楽を南北アメリカにもたらしたことについて話をしました。
 「ウェスト」西欧が「レスト」=西欧以外の地域に住む人々を植民地主義と奴隷制でくるしめ、その「平和に生存する権利」を奪ったことを、特に強調して、そのマネをした「西欧以外のクニ」日本の植民地主義侵略と従軍慰安婦の性奴隷制の問題を考える参考に供しました。しかし、話した私自身が、むしろ「ウェスト」と「レスト」との関係について、ピースボートで大変大事な学習をしました。私は、植民地主義と奴隷制に反対して、西欧以外のその他の「レスト」の地域に「えこひいき」していたのですが、すでに報告した通り、実は「ウェスト」にも素晴らしい正義感に燃え、原爆や原発をなくそうとする人達がいることを、ピースボートで出会った米国や欧州の水先案内人から学び、「ウェスト」の知恵に改めて感心したのです。
 そこで、今回の報告では、むしろ西欧以外で、西欧の資本主義市場競争の経済人達とたもとを別って、アジアやアフリカの心優しさによって、今のグローバル化したギスギスした競争社会を作り変えようとしている二人の水先案内人から教わったことについて、ご報告します。この二つの案内人は、西欧やアメリカにも影響を及ぼし始めている「西欧以外の世界の知恵」を代表していました。一人は、インドのマニッシュ・ジャインさん、もう一人はジャマイカのドニシャ・ペンデガストさんです。
 マニッシュさんは、シンガポールからインドのコチンまでのインド洋、ドニシャさんは、アフリカ沖のポルトガル領マデイラ島からジャマイカまでの大西洋で乗船、両海洋で続けて乗船していたおかげで、この二人と出会うことができました。マニッシュさんは、英国の植民地主義と非暴力の闘いで打ち負かしたマハトマ・ガンディーの思想をもとにした社会活動家で、特に新しい「大学」と言ってもむしろ各地に「塾」を作って、今のインドの公共教育制度の人材養成の市場競争主義に毒されない民衆の教育を考案した人でした。万物を商品とみなすことを教え込まれて、人間らしい付き合いを壊されている子供たち・若者たちに、学校で教わった世間の常識を忘れて、むしろ互いに心のこもったモノのやり取りをする贈与経済の伝統的な知恵を再発見させるような教育をインドで広げる活動を続けている人でした。私達は、彼の話を聞くだけではなく、一つの社会ゲームに私たちを引き込みました。一人ひとり、自分の心のこもった持ち物(手ぬぐいでもハンカチでも)をもちよって、テーブルの上に並べ、欲しい人が欲しいものを選んで贈与してもらう、そういう小さな実践で贈与に基づくあたたかい人間関係について、実感出来るように指導してくれました。
 もう一人のドニシャさんは、ボッブ・マーリーの孫娘です。マーリーはジャマイカで、レゲー音楽のリーダーとして世界的に有名なミュージシャンです。彼は奴隷として、このクニに拉致されて住み着かされたアフリカ系移住者たちがアフリカの祖国に帰還する日が必ず来るという信仰をもって団結しているラスタファリ運動のリーダーでもあり、レゲーを歌い踊ることを通じて、世界の差別を克服する「革命」を提唱して1960年代に早世するまで、元奴隷のアフリカ系移住者達の差別解放運動家でした。この「革命」は、暴力ではなしに「愛」を歌い踊ることで世界中に広げられる「世直し」で、ドニシャさんは祖父の夢を引き継いで、歌手としてではなしに、社会運動家として活躍している人でした。ドニシャさんは、ピースボート船上で、レゲーで歌い踊ることのほか、私達に一人ずつの夢を語らせて、それを実現する道についてみんなで考える、そう言う互いの愛と思いやりの対話を指導してくれました。マニッシュとドニシャの二人は、根本的に同じメッセージをピースボートに持ち込んだと思います。西欧によるインド人やアフリカ人の植民地化と奴隷化に反対する「世直し」を、心優しさ、それの経時的な表れである贈与経済の復活によって進めようという、そういうメッセージでした。
 「ウェスト」と「レスト」との支配・被支配の関係は、植民地や奴隷制が制度的には昔のものとなってしまった今日でも、形を変えてもっと複雑な南北問題という形で存在しています。南の中でも北の中でも、貧富格差が広がっています。インドとかジャマイカなどのような南のクニの中でも、金持ち層はだんだん北の中流以上にカネを持つようになっているけれども、貧しい大部分の民衆の貧困はなかなか減っていません。北は北で、南から移民労働者、特に女性の労働者や人身売買の被害者などの「不法滞在者」が増えるなどして、北の中にも貧困層が増えています。でも国家単位での国民総生産が増えないと、クニの経済が破産してしまい、破産の波が北の国々にも波及するので、米国や西欧が(アベノミックス日本でも)金融緩和をして、カネを南の銀行や金持ち層につぎ込んでいます。その結果、南のクニグニは破産は免れても借金がかさんで、これを支払うために貧しい層の職を減らし、税を高くして、ますます貧富の差を広げています。こんなグローバル経済は長持ちしませんが、少なくとも短期的には破綻は免れています。そこで「持続可能な発展のための教育」は、「ウェスト」の競争や紛争による進歩とは一味違った、ガンディーの植民地主義との闘い、ボッブ・マーリーの奴隷制以来の差別との闘いで編み出された「世直し」の教育活動に取り組んでいるのです。
 お互いに対して優しさと尊敬に満ちた「贈与」をし合う人間関係を作る、そう言うマニッシュとドニシャを、私達もモデルとすべきではないでしょうか? そういえば、「アラビアンナイト」の船乗りシンドバッドの話は、二人の同名の「シンドバッド」の間の「贈与」交換をめぐる話でした。貧しい「荷物担ぎ屋」のシンドバッドに、もともとは貧しかったのに巨万の富を手に入れた「船乗り」シンドバッドが冒険談を聞かせたあとで、その長い話を聞いてくれたお礼として、沢山の金貨をあげて担ぎ屋シンドバッドをも金持ちにした、という「贈与」交換で終わる「贈与」が繰り返し出てくる冒険談です。贈与の交換で平等互恵の世界を作ると言うアラビアから中国にかけての海で生活する船乗りたちが持っていた伝統的な夢と知恵とを、競争社会で他人を蹴落として儲けることが生き甲斐になっている今日でも持つようにしようと目指すのが、マニッシュやドニシャから私が学んだ教訓でした。人間関係までも商品化し、競争に打ち勝つ人的資源の大量生産でグローバル経済を築いた「ウェスト」、特に米国を頂点とする植民地主義差別、奴隷的な差別の世界を変えるために、贈与経済の人作りをするマニッシュ、「優しさ」と「愛」に支えられた「革命」を世界に広めようとしているドニシャの考える「持続可能な発展のための教育」について記し、ピースボート報告を終わりたいと思います。