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明治学院大学講義録:
人間安全保障論
〔各小項目末尾のカッコ内の数字は「参考文献」の文献の冒頭の数字に対応している〕
1. 研究仮説としての人間安全保障
今日の紛争は、グローバル化に伴うグローバル世界の再植民地化という形をとっている。つまり、先進工業諸国は、相互依存関係の増大とともに、たがいに戦わないひとつの『北大西洋』(プラス日本)安全共同体をつくっているが、開発途上諸地域では、国家の当地能力が減退し、さまざまな人間集団〔安全共同体〕の不安が相互に増幅し合った結果、軍事化する傾向があるが、これを阻止するような紛争変容を実現しておく必要がある。
1.1 国家安全保障に対する人間安全保障の提唱
-1994年UNDP「人間開発報告」が主張した『人間安全保障』
-その背後にあった国連内でのネオリベラル派と反ネオリベラル派の対立論
1.2 「安全保障」と『人間』との基本的な概念についての論争と分析
-『人間安全保障』を論争概念から分析概念に定義しなおす
-『安全』・『人間』概念の歴史的な展開、前者の全近代的意味と後者の近代的意味
1.3 人間安全保障の立場から国家の役割を位置付ける
-政府技術官僚と市民社会の知識人, 社会科学者の論争空間における「人間安全保障」
-『人間安全保障』の観点で国際安全保障と開発国家論を批判する
2.新現実主義の安全保障理論とその脱構築
この状況の中で、国家間社会の軍事力中心の秩序維持を目指す国際安全保障は、グローバルなメガコンペティションの安全を保障する。そのために引きずり込み型安保となる。その反面として、単一覇権国米国によって、shape, prepare, respond, 基地展開、監視(紛争予防)、処罰(平和構築)を目指す。これに対して、信頼醸成による紛争予防、欠乏をなくすことで、「安全共同体」の間の『共通の人間安全保障』をつくる平和構築が必要となっている。
2.1 グローバル覇権体制と人間安全保障
-グローバル化の政治経済の人間不安構造
-グローバル覇権主義のイデオロギー基盤としての人間安全保障
2.2 冷戦後の紛争に関する対応戦略の諸相
-米国の覇権的国際安全保障政策のグローバル覇権的性格
-人間安全保障にカヴァーされる新しい脅威への軍事的・警察的対策
2.2 冷戦と冷戦後国際安全保障理論の特性
-核・非核レヴェルの峻別から連続的軍事レヴェルの柔軟対応への転換
-イデオロギーを純化した自由・民主主義・人権の名での介入主義と人間安全保障
2.3.新現実主義に対する歴史批判主義理論としての人間安全保障
3. 西欧近代化の批判的反省に基づく安全保障の構築
今日、ポストモダニズムの貢献のおかげで、進化、近代化が単線的に進むとはいえなくなった。先住民族、少数民族、移住労働者などのエスニック集団や、生存農業、手工業、家内工業、などの諸セクターが、先端工業セクターと並存し、これに余剰を吸い取られる体制が、 開発途上諸地域で成立し、それぞれの『安全共同体』の間で、安全のための闘争が各題している。そこで、今日の国際政治経済状況のなかで、国家と市民社会とのなかで進行している覇権主義、これに反対する反体制・反社会諸運動を視野に納める批判主義的安全保障論を構築する必要がある。
3.1 批判主義安全保障理論とその提起する諸争点
-国際安全保障が構築されてきた史的過程の分析と対応
-その過程の中で国際安全保障を構築してきた認識論の解明と批判
3.2 覇権主義、技術官僚制、啓蒙思想とネオダーヴィニズム
-『主権国家』『権力』『国益』『覇権』『自由』『競争』『進歩・開発』の脱構築
-『人間安全共同体』『関係』『安全』『自己決定』『自己表現』『自己実現』の再構築3.3 国際関係の認識論敵退廃を生む『神封じ』の克服としての人間安全保障
-グローバル技術官僚制的知が見えなくする現実
-上からの『認識共同体』と下からの『認識共同体』=『人間安全共同体』
4. グローバル化と「共通の人間安全保障」概念導入の必要性
今日の紛争は、グローバル化に伴うグローバル世界の二重構造の中で起こっている。つまり、先進工業諸国は、相互依存関係の増大とともに、たがいに戦わないひとつの『北大西洋』(プラス日本)安全共同体をつくっているが、開発途上諸地域では、国家の統治能力が減退し、さまざまな人間集団〔安全共同体〕の不安が相互に増幅し合った結果、軍事化する傾向があるが、これを阻止するような紛争変容を実現しておく必要がある。グローバルな諸問題を上から合理主義的に『解決』しようとしている国際技術官僚層の努力によってかえって世界各地のローカル状況のなかに生きる民衆の人間安全保障が深刻化している。この現状に対応するために、内発的に下から人類を構成する諸文化集団によって作られている「人間安全共同体」の多様な共生を許すグローバル・アイデンティティーをもとにした、『安全共同体』間の紛争への対応体制として、『共通の人間安全保障』システムを造る必要がある。
4.1 グローバル化に対する国家安全保障理論の対応能力の限界
-グローバル化に伴う国家の福祉機能低下とその安全保障機能の強化
-世界システム中心部のグローバル化と周辺部の分裂状況の進行
4.2 グローバル覇権勢力の安全保障理論における人間安全保障の役割
-覇権形成における市民運動の取りこみのための人間安全保障政策
-南北関係における介入と選択的締め出しの正統化と人間安全保障
4.3 グローバル覇権下の紛争構造と『人間安全共同体』
-北側の北大西洋圏と日本による国家間『安全共同体』の形成
-南側での国家「安全共同体」の破綻と『人間安全共同体』の分裂・対決
5. 人間安全保障の時空間的展開
民主主義、人権、持続可能な開発などの普遍的諸価値を口にしつつ、世界の再植民地化を勧める覇権的国際安全保障には、世界システムの周辺部への「民主化」のための人道介入を進める軍事的な側面と、中心部への周辺部からの脅威の浸透を監視し、抑止し、阻止するための、『人間安全保障』のための警察的な側面とが並存して、グローバルな軍事・警察国際協力体制が組まれている。この体制には、普遍的価値の「託宣」と、これによる非合理的諸現実の「神封じ」とグローバル化世界のローカル状況の複雑な現実の間の矛盾が拡大し、覇権的国際安全保障の基盤を脆弱なものにしている。
5.1 グローバル覇権安全保障の史的背景
-ネオリベラル経済と介入主義覇権安全保障のグローバル化
-パックス・デモクラティカとグローバル植民地主義
5.2 南の『ならず者』への北からの『民主化』のための軍事監視・介入体制
-民主主義の名における対『ならず者』国家対策
-基地と人道介入の矛盾:国際安全保障が情勢する人間不安
5.3 南からの『脅威』に対する覇権安全保障勢力の警察監視・処罰体制
-搾取的移住問題における産業・国際犯罪組織・国家による人間不安醸成
-犯罪組織による覇権的『神封じ』の逆用と、被害者の人間安全保障
6. 人間安全保障をめぐる論争空間の構造
人間安全保障には二つの類型がある。覇権的国家間安保の取り上げる人間安全保障は、人間の単位として、地球社会、国家社会をとる。これに対して、市民的人間安全保障は、人間、もっとも弱い切り落とされている人々の安全、その『安全共同体』のあいだの共通の安全を保障することを基準にする人間安全保障は、人権と人間発展と一緒に追及される全く別の安全保障策である。そして、権力追求と営利活動との前提となる近代西欧文明の競争による進歩のイデオロギーとしての社会的ダーヴィニズムのかなたに、アジア的な文化に根ざす政治経済秩序を目指す政治運動を起こす必要がある。特に、「南方まんだら」的な多元主義文明を、非西欧各地域の内発敵な努力で打ち立てることが必要である。平和と民主主義、人権と持続的開発の『本尊』西欧文明による覇権的な支配の代わりに、中心に多様な諸文化の媒介をする仲介者としての非覇権的な『本尊』を配する「南方まんだら」の発想に従う新しいアジア的多元主義を国際権力政治のなかに持ち込んで、新しいグローバル秩序の形成に努力することが求められている。
6.1 人間安全保障と人権に関する論争
-人権をめぐる普遍主義と多元主義
-アイデンティティ、集団的自己決定権と人間安全保障
6.2 人間安全保障と人間発展に関する論争
-開発主義の差別構造を克服する人間発展
-内発発展を前提とする「人間安全共同体」と覇権主義外発開発
6.3 人間安全保障をめぐるパラダイム間対話をめざして
-文化間・パラダイム間対話による紛争の非軍事化と開発の非国家化
-市民社会と民衆社会との対話による『人間安全共同体』間対決の克服
7. 結論
人間安全保障を性格付ける覇権勢力と反覇権勢力との論争は、歴史的批判主義の立場でその倫理的・認識論的根拠の「神封じ」を破るならば、グローバル政治経済によって排除されているジェンダー・階層・エスニック集団・文化集団の活力の動員にもとづく新しい非覇権主義的な多文化世界の構築に役立つであろう。人間安全保障を手がかりとする西欧近代国家を超える新しい思想的冒険の歴史的な条件は熟している。
参考文献
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「転換期世界の理論的枠組み」有信堂、1987 pp.235-272.
1.13 『朝米・朝日関係の非対称性の克服』「軍縮問題飼料」234号(2000年4月)
1.14 (インタヴュー)『「人道介入」を考える』「月刊オルタ」2000年8・9月号 pp.5-8.
1.15.『「紛争と開発」総論』、「紛争と開発」ダイヤモンド社
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