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人間安全保障をめぐる論争空間の構造

1.西欧近代市民社会の政治経済プロジェクトの論争空間は、近代国家(市民社会との対応・対抗関係においての)であった。最初、近代国家を否定したプロレタリア国際主義も結局は近代国家の権力奪取のプロジェクトとなって、この傾向を一般化してきた。

2.この論争空間そのものは、非西欧諸社会の植民地化のなかで、その普遍的な正統性を問題視されてきた。それは、近代国家を支える認識装置が、非西欧諸文化にもとづく政治経済プロジェクトを神封じにするからである。

3.上記の歴史的展開を代表するポストコロニアリズム批判にもかかわらず、グローバル化した覇権主義を支える普遍的政治経済プロジェクトとしての正統性を主張するにいたった。これは、グローバル化に伴う市民運動の国家を超えた連帯による政治社会のグローバル化と、多国籍企業による経済社会のグローバル化に対応するヘゲモニー現象としてとらえることができる。

4.しかし、政治経済のグローバル化は、大競争によって利益を受け経済的にも政治的にも安全を保障される社会層をのぞいては、世界システムの各所に生活する人々の安全を著しくそこなうことになった。その結果、国際システムの中心部の先進工業諸国での超国家的安全共同体のなかにも、また、その周辺部で、国家によってその安全を保障してもらう期待がなくなったところでも、さまざまな〔非国家〕安全共同体(同じに認識共同体、アイデンティティ共同体)が形成され、国家とともに相互に相手を脅威のみなもとと認識するようになった。

5.これらの安全共同体を統合する共同体内ヘゲモニーの論争空間は、もはや普遍主義的な諸価値に関する国家の枠組みの中での政治経済プロジェクトにかかわるものではなくなり、むしろ各認識共同体の自己決定と固有の価値解釈を提示する政治経済プロジェクトをも包含するようになっている。これを普遍主義的な諸価値に投射する市民主義勢力と、むしろ反西欧的な固有文化に投射して正統化する伝統主義勢力とが、グローバル化のもとでの安全共同体(国家をも含めて)のヘゲモニー論争に参加している。

6.グローバル覇権勢力は、市民社会の中の政治経済プロジェクトが普遍主義的な価値、人権、人間開発を再解釈することを利用して、これを人間安全保障とともに、市民運動との論争空間に採用し、これによって市民勢力をそのヘゲモニーのもとに収めようとしている。市民勢力の側でもこの論争空間のなかで、その政治経済プロジェクトを主張することによって、覇権秩序に影響力を行使しようとしている。

7.そのことによって、この三つの普遍価値を『神託』とする人道介入が正統化されるとともに、これによって表現できない非西欧諸安全共同体の論争空間の「神封じ」現象が起こっている。そこで、市民運動による普遍主義を超える非西欧安全共同体に開かれた論争空間の構築が、これらの共同体の間で起こっている諸紛争による人間の安全が無視される事態を克服する必要がでている。

8.そのためには、人間安全保障、人権、人間発展に関するナマの人間の状況内的な対応を可能にする新しい解釈を進める認識論的な「パラダイム間対話」を進める必要がある。この対話には、非西欧の認識共同体が参加して、市民勢力の普遍主義を多元的・非対峙的に再編成する必要がある。